追跡中
NEWS END|結末
一部は国の史跡として現地に残り、2028年春に公開予定。2026年10月には別の約160mも土に埋めたまま残すと決まった
2019年4月、品川駅周辺の工事中に、明治の初めに日本初の鉄道を海の上に通すため築かれた「高輪築堤」の石垣が見つかった。JR東日本は2021年4月、第7橋梁を含む約80mと公園に隣接する約40mを現地に残し、信号機跡を含む約30mは移築、残りは記録保存調査を行ったうえで撤去する方針を示した。2021年9月17日、高輪築堤跡は国の史跡に指定された。JR東日本は2026年10月2日、まだ開発前の5・6街区でも、信号機跡を含む5・6街区間の約50mと6街区南部の約110m(合わせて約160m。2021年に移築とされた信号機跡とは別のもの)を現状のまま土の中に残す方針を発表し、第7橋梁部は2028年春に公開する予定としている。5・6街区で土中保存する範囲は、これから具体的な設計の中で詰める段階で、話はまだ終わっていない。
4コマでわかる
01
高輪ゲートウェイ駅周辺の工事中に、明治の「海の上の鉄道」の石垣が出てくる
02
日本初の鉄道の遺構として、保存を求める声が上がる
03
JR東日本が計画を見直し、第7橋梁部などを現地に残す。2021年に国の史跡へ
04
2026年10月、別の約160mも土中保存へ。第7橋梁部は2028年春に公開予定
タイムライン
- 2019年4月品川駅周辺の工事中に石垣が見つかる
- 2020年港区教育委員会が開発予定地を発掘調査し、南北に長い高輪築堤跡を確認
- 2021年4月21日JR東日本が保存方針を公表。第7橋梁を含む約80mなどを現地保存、信号機跡を含む約30mは移築
- 2021年8月23日文化審議会が、高輪築堤跡を史跡に指定するよう答申
- 2021年9月17日「旧新橋停車場跡及び高輪築堤跡」として国の史跡に指定
- 2023年5月26日文化庁長官が保存活用計画を認定
- 2026年10月2日JR東日本が、信号機跡を含む5・6街区間の約50mと6街区南部の約110m(合わせて約160m)を現状のまま土中保存する方針を発表。範囲は今後の設計で拡大に努めるとした
- 2028年春(予定)第7橋梁部を公開
確定していること
- 石垣は2019年4月、品川駅周辺の工事中に見つかった[2] 一次資料
- 第7橋梁を含む約80mと公園に隣接する約40mは現地保存、信号機跡を含む約30mは移築とされた[2・3] 一次資料
- 2021年9月17日、国の史跡に指定された[4] 一次資料
- 2026年10月、5・6街区の合計約160mを現状のまま土中保存する方針が発表された[1・5] 一次資料
- 第7橋梁部は2028年春に公開する予定とされている[1・5] 一次資料
分かっていないこと
- 5・6街区で、土中保存の範囲が最終的にどこまで広がるか(具体的な設計はこれから)
- 土の中に残す区間を、将来見られるようにするかどうか
出典
- Impress Watch「高輪ゲートウェイ品川側開発、高輪築堤の土中保存で計画変更」2026年10月2日
- 文化庁広報誌 ぶんかる「高輪築堤跡(たかなわちくていあと)の史跡指定について」2021年8月23日
- tabiris「「高輪築堤」保存計画の詳細。橋梁は現地保存、信号機跡は移設」2021年4月22日
- JR東日本「高輪築堤跡 これからの 100 年に向けて ~「TAKANAWA GATEWAY CITY」のまちづくりの中での高輪築堤の継承~」2023年5月31日
- JR東日本「TAKANAWA GATEWAY CITYにおけるまちづくりと高輪築堤の保存との両立について」2026年10月2日
END LOG(更新履歴)
- 2026-10-21 初版公開(AIが執筆、別のAI2体が出典を検査、一次資料で再確認)。次回確認:2028年春の第7橋梁部の公開、5・6街区の設計
- 2026-11-05 訂正:2026年10月に土中保存が決まった約160mの内訳(信号機跡を含む約50mと約110m、2021年に移築とされた信号機跡とは別)を書き分け、JR東日本の発表資料を出典に追加(AIが出典を確認)
